だいぶまえの年始1

~だいぶまえの年始1~

年明けの挨拶2日目。
客先から帰る途中、社長から同い年の先輩が危篤だと聞く。
病院の方も延命治療をやめたという。
もってあと2、3日。
思考がなんとなくぼやかしている気がするが、認めないようにしている自分に気づく。
家に帰っても、妻には言いそびれてしまった。
明日、タイミングをみて話そう。
何となく気が気でなく、夜中の1時に起きたときも、何かのタイミングなんじゃないかと思ってしまう。
おばあちゃんの時のように、何かの前触れのようなものが来るのでは、という恐れを抱きながら眠りに着いた。

翌朝出勤をして、トイレからオフィスに戻ると、他の人達が集まっている。
まさか。

明朝2時過ぎに彼が亡くなったと聞かされた。
そう聞かされても、もしかしたらと思う部分が心のどこかでざわついている。

彼の営業所からかかってくる電話が怖くて出られない自分に気付く。
なんと言っていいか分からなくて、気持ちが縮こまっている。
情けないと思いながら、電話から遠い場所にいる。
まだ、日程が決まらないため、連絡待ちになり、それを回すのが自分の役目になった事に苛立ちを覚える。
口出しだけはするのに、そういう事はしたがらない奴がいる。
こんな時に自分の事を棚上げして、そんなに苛立つのは、ある種の逃避のような気もする。

とりあえず予定通り会議をすすめ、営業同士の意見がぶつかりそうになり、こんな時にと思う部分と、それでも必要な事なのかもしれないと思う部分がある。

会議が終わって、今度は見積に着手するが、なかなか気分がのらない。
見積もりの相談をしようと、彼に電話して相談しようかと思って、はっとなる。
あまりに日常化しすぎていて、クセになっていた自分に気がついた。
おそらく彼の営業所の後輩は、そこまで相談するタイプではない気がする。
彼に一番相談の電話をしていたのは、自分かもしれない。
結局一件だけ終わらせて、今日は会社を出ることにした。

漂う気持ちのまま、ゲーセンでテトリスを始めるが、考え事ばかりで終わり、ため息。
そのまま今度はカラオケに行き、何かを晴らそうとするが、なかなかいい曲が思い浮かばない。
それっぽい曲を歌ってみたところで、それが薄っぺらい感傷だと気づかされるだけ。
この事態に、自分の感情が付いていけてない気がした。
そこから先は、何を歌ったか覚えていないが、結局自分自身への虚しさが残るだけだった。

妻が、家族で親戚のところに行っているので、帰りの連絡だけを入れて、この件は念のため帰ってから伝えることにした。
言い出すのもなかなかタイミングがいるが、きちんと伝えようと思い、家で妻にその件を告げた。
言いそびれたが、彼の為に買ったお守りも結局渡せなかった。